2005年05月25日

ずいぶん進化したものです

プラットホームの進化に支えられ、PC-CADがどのように進化してきたのかをおおまかに振り返ってみたいと思います。

(1) 1980年ころ - 清書ツール
まず、回路設計の現場では清書ツールとしてCADの利用が始まりまりました。はじめはメカニカルCADがそのまま使用されていましたが、すぐに回路設計に特化したものが現れます。この世代のCADツールにWINTEK社のHiWIREというPCBツールがあります。この初期のツールは極めて単純な機能しか備えていませんでしたが、PCB製作に必要なGerberフォーマットでデータ出力が可能であり、小規模なPCBを手軽に設計する用途には十分実用になるものでした。この製品は現在でもHiWIREⅡとしてDOS版のまま販売が続けられているようです。

(2) 1985年前後 - ネット属性の取り扱い
その後、回路図情報をネットでやり取りすることができる製品が登場します。回路図はお絵かきではなく、接続情報(ネット)の出力が可能になり、PCBはその接続情報を読み込んで設計に利用できるようになります。このころ多くのCADブランドが登場しました。まず、OrCADとP-CAD そして続いてProtelとTangoさらにその後 PADSが現れます。これらは、1980年代初期の製品と比較すると接続情報の取り扱い能力が向上しており、特にPCBエディタではラッツネストの表示により配置/配線作業を大変効率よく行えるようになりました。そしてこれらのブランドはボードレベルのPC-CADツールの定番となり、P-CADにブランド変更されたTangoを除いていまなお存続しています。

(3) 1990年ころ - ネット属性を利用した自動化
PCB編集において、マニュアル編集だけでなく自動機能にもネット属性が利用されるようになりました。主として自動配線に利用され、自動配線ツールのとして、Router Solution (通称 RSI)のSuperRoute(PADSへのOEM版は一文字多いSuperRouter)やMasstekのMaxRouteが出現しました。また回路図エディタもネット属性のプロパティが豊富になり、PCBとの間で豊富な情報の受け渡しが可能になりました。

(4) 1995年ころ - 自動機能の能力向上によるEWS-CADとの接近
ちょうどWindows 95(日本では95年12月のリリース)へ以降が始まるころであり、PC-CADもWindows版への移行の過渡期でした。このころWindows版の伝送線路ミュレータが、HyperLynx社からリリースされます。当時EWS-CADでも、伝送線路ミュレータはまだ先進的ツールという扱いであり、あまり普及していませんでした。また、UNIX版オートルータの定番であった CCTのSPECCTRAがWindowsに移植されます。これらにより、PC-CADとEWS-CADとの能力差はしだいに縮まっていきます。

(5) 2000年ころから現在まで - 統合化
主に企業買収による技術の取得により、ツールの統合化が進みます。特にProtelにおいて顕著に統合化が進められ、現在に至ってはEWS-CADを超える広範囲な統合が実現されています。またプラットホームは、Windows NTベースに移行が進んだ結果、信頼性を含めて、CADの全般的な能力もEWS-CADと遜色のないものに進化しました。また、OSのネットワーク機能を利用してワークグループのサポートが行われるようになりました。

振り返ってみるとPC-CADもずいぶん進化したものです。DOSのころはマウスドライバ等の常駐プログラムをアッパーメモリブロックに退避させて、使えるコンベンショナルメモリの量を増やすのが重要な仕事でした。

もっとも、こんなことを言っても今のWindows 世代の人にはさっぱりわけが分からんでしょうがね Quarterdeck QEMM386...お世話になりました。

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